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尊厳死と終末医療、医療費

前回の「医療コストは誰が負担するべきか」たけ先生などからいただいたコメントに対する回答です。(今回も投資とはまったく関係ありません・・)

富山の事件は知っています。
私の理解では、患者と主治医の間では尊厳死の同意ができていたのに、病院内の手続を経ていなかったために警察に通報されたものという整理です。

私は、尊厳死や終末医療が普及しないのは、どちらかというと病院側の古い価値観や倫理観のせいではないかと思っています。
現在でも、(基準は厳しいものの)尊厳死は可能なはず。ところが、富山の事例では、病院側は記者会見で尊厳死には反対と明言していました。主治医が手続を経ずに尊厳死を行ったのは、そのような事情からではないかと考えています。

また、私は、尊厳死を認めることで医療費が削減できるとは考えていません。
高額医療費が結果的に「無駄」であるかどうかと、患者が尊厳死と延命治療のどちらを選択するのかはまったく別の問題です。仮に尊厳死を認めても、患者が延命治療を希望すれば高額な医療費が発生します。
逆に、「無駄」な延命治療を保険の対象外とする(自己負担とする)ことによって医療費を削減しようという考え方は、生存率の低い患者から治療の機会を奪うだけです。
金銭的理由から死を選択しなければならないというのは、世間一般が考える「尊厳死」とはおよそかけ離れたものと思います。

どちらかというと、私は、死に際で延命治療と尊厳死の二者択一を迫るのではなく、ホスピスのようなものをもっと整備して、患者が自分の治療(療養)方針や死に方を選択できるような環境整備の方が大切ではないかと思っています。

次に、延命治療に要する医療費が削減できれば産科、小児科等にまわせるという考え方は、現在の医療費総額を所与のものとして初めて成り立ちます。
しかし、制度設計をする側は、決められた総額の中で何にいくら使うかではなく、必要な額を積み上げたら総額はいくらになるかを考えます(もちろん、青天井というわけにはいかないので、総額が非現実的なものとなるなら再計算の必要はありますが)。

投資家的な説明をすると、現在の診療報酬は原価(固定費・変動費を含む)に適正な利益を加算した「単価」だという建前です。
ですから、延命治療が減ったから小児科に資金をまわせというのは、A商品の売上が減った分をB商品の単価に加算しろという議論になります。この議論では、延命治療による減額分が大きかった場合に、それを保険料の値引という形で国民に還元せずに他の診療報酬を値上げするのが適当か(そんな値上げが必要なのか)という問題がありますし、逆に、延命治療による減額分が少なかった場合に、その減額分を転嫁するだけで医療崩壊が解決するのかという問題もあります。
したがって、議論の順序としては、B商品の原価を実態を適正に反映したものに改めた後、医療費が大幅に増えるのであれば削減できるとことを探すということになります。
(行政機関が予算を配分する際の「建前」はおおむねこのような発想です)

とはいえ、産科、小児科等の現場が苛酷な原因は、現在の診療報酬体系では人件費が賄えないことです。この問題を根本的に解決するには、産科や小児科の医師や看護師の労働条件や給与水準はどうあるべきかという議論を避けては通れません。その辺がつまびらかになるのは医療関係者側にも抵抗があるでしょうし、「中小企業のサラリーマンはもっと大変なんだから贅沢言うな!」という批判も予想されます。

個人的には、優秀な教育を受けて高度な技術を提供する職業は高い給料をもらって当然と考えていますが(そうしないとそのような職業に就くインセンティブがない)、そのような考え方に異論も多いところが問題の本質ではないかと思っています。
[ 2006/10/27 23:07 ] 時事ネタ | TB(0) | CM(12)

追記

それと、見逃せないのが患者さんの権利意識の高まりです。
権利意識の高まりそれ自体は時代の流れであり、当然と思います。

ただし、インフォームドコンセント、丁寧な説明、副作用の少ない治療のための高い新薬、訴訟に備えるためのコスト・・これらはすべて新たに発生するコスト増加因子です。

ちまたよく言われる議論として「医者は無駄な検査をして金儲けをする。だから包括払いにして無駄な検査を減らそう。」というものがあります。ところが「無駄な検査」や「無駄な薬剤」の正体は訴訟リスクと患者さんの安全意識だったりします。

司法分野では「極めて頻度の低い合併症でも少しでもそれを疑えば
万全の検査をしなければならない。さもなくば診療における契約義務を全うしたとはいえず、過失となる。」とする判決が次々と出ています。そして現場の医師はみなそうした判決を知っています。

これが医療費を結果として増加させ、現場の医師の負担をあげています。もしここで包括医療を幅広く実施すればおそらく重症やハイリスク患者を保険診療で診療しようとする医療機関は医師の数をくら増やしても消滅するでしょう。

そうなるとおそらく「俺は金を払うから俺の家族だけはきちんと見てくれ!」とするニーズが強くなり、医師の側からも患者さんの側からも混合診療導入の要望が大きくなります。すでに私の周辺の良心的な医師からは「国が金を払いたくない。医療はサービス業だというなら、サービスのため自己負担する人だけにきちんとサービスを提供する方が正しいあり方ではないか。」とする意見も出ています。以前は財界や保険会社の陰謀だった混合診療の拡大を医師自身が希望しかています。まさに国民皆保険制度は自壊の危機にあります。

私個人は医師として貧者がまともな医療を受けられないのは正しい姿とは思いませんが、空色さんのおっしゃる国民意識が変化しないなら間違いなくそういう方向にいくと思っております。
[ 2006/10/28 12:51 ] [ 編集 ]

たけ先生の最初のコメント

>たけ先生
コメントありがとうございます。
ところが、操作ミスでいただいた最初のコメントを削除してしまいました。
大変失礼いたしました。どうかお許しを・・・・
(よろしかったら再度コメントください)

以下は、たけ先生のコメントの趣旨を復元したものです(文責:空色)
(1)総論は賛成
(2)今後、高齢化に伴い、週末医療費が増大していく
(3)国の財政状況から医療費削減圧力がある
 (原価のある薬代等より技術料の方が削減しやすい)
(4)メリハリをつけずに医療費全体を抑制しているため、産科、小児科等が大きな負担を被っている
[ 2006/10/28 12:52 ] [ 編集 ]

いえいえ

結構です。その要約で間違いありません。
付記しますと現在の医療費削減政策は厚生労働省が役所の論理だけで予算配分しているわけではないと思います。

昨年経済財政諮問会議は医療費の伸びをGDPの伸びの枠内におさめようとしていました。「国民は稼いだ以上の医療サービスを受けてはならない。」と言っているに等しいですね。
療養型病床の削減により救急車が行き場のない高齢者に占拠され、救急病院が次々と崩壊していっているやにききます。
療養型病床を削減するなら、当然彼らの退院後の病院受診を制限しなければこうなることは小学生でも分かります。
急性期治療の方が安く置いている療養型病床よりお金がかかるので医療費削減にも役立たず、医療インフラを疲弊、崩壊させる・・・。
なぜこのように非合理な政策を国が取るのかは理解に苦しみますが、医療経済学の専門家が国内に不在なのが大きな原因なんでしょうね。長文失礼致しました。
[ 2006/10/28 13:01 ] [ 編集 ]

空色さん、こんにちわ。

私は、尊厳死を認めることで医療費が削減できるとは考えていません。
→尊厳死を認めた場合に、尊厳死を選択する者が増えれば、医療費は削減できるわけですから、医療費が削減できるか否かは、理論的に結論が決まるわけではありません。尊厳死は、医療費削減を目的とするものであってはならないのですが、尊厳死を合法化して、且つ尊厳死を選択する者が増えれば、「結果的に」、医療費は削減ができます。医療費問題が切迫すればするほど、尊厳死の問題と医療費問題が結びつきやすくなりますので、早めに決着をつけておくべきです。

逆に、「無駄」な延命治療を保険の対象外とする(自己負担とする)ことによって医療費を削減しようという考え方は、生存率の低い患者から治療の機会を奪うだけです。金銭的理由から死を選択しなければならないというのは、世間一般が考える「尊厳死」とはおよそかけ離れたものと思います。

尊厳死を法制化して、尊厳死を選ぶ者が増えれば、「結果的に」医療費は削減されます。他方で、尊厳死を法制化しても、尊厳死を選ぶ者がいなければ医療費は削減されません。これは確かです。この場合、「無駄な」延命医療は、保険の対象としないという対処方法が考えられます。これは、どの生命を優先するかを他人が選ぶということですので、尊厳死とは関係ありません。どの生命を優先するかという選択が仮に不可避であるとすれば、延命確率が少ない高齢者に対する優先度が落ちるのは仕方がないのではないかと思います。

B商品の原価を実態を適正に反映したものに改めた後、医療費が大幅に増えるのであれば削減できるとことを探すということになります。
→まず、産科医・小児科医の適正報酬を算定せよ、というのは正論です。しかし、労働量の割りに給与が低い、労働環境が過酷過ぎるというのは、産科医・小児科医に限らず、医療従事者全体の問題です。とすれば、医療従事者への報酬を適正にせよ、労働環境を改善せよという主張は、医療費全体をもっと上げろという主張になってしまいます。しかし、それでは国民の家計が持ちません。結局、無駄な医療費を抑えなければならなくなり延命医療の可否を検討することは不可避になると思います。もちろん、その他の無駄を検討する必要はありますが、高齢化の急速な進展を前提にすれば、延命医療の可否の問題に踏み込まざるを得ないと思います。

[ 2006/10/28 13:55 ] [ 編集 ]

PALCOMさんのコメントに対して

全面的に賛同いたします。

特に医師以外の方が
>>しかし、労働量の割りに給与が低い、労働環境が過酷過ぎるというのは、産科医・小児科医に限らず、医療従事者全体の問題です。とすれば、医療従事者への報酬を適正にせよ、労働環境を改善せよという主張は、医療費全体をもっと上げろという主張になってしまいます。<<

と言っていただけるのは医療従事者として何より励みになります。

投資家としてはありえない妄想と笑っていただいて結構ですが、PALCOMさんのおっしゃったことをマスコミと司法、行政が共有して実感していただいていればおそらく医療崩壊はもう10年くらい先延ばしできたと思っております。

延命治療の可否については究極的な総論賛成、各論反対です。
全員が「無駄な延命治療を廃止しろ!だけど自分の親だけは家族と本人が納得するまでやれることをやってほしい。」とおっしゃいます。見方を変えればこれは公的負担による患者および家族のモラルハザードと言えますが、現状ではマスコミも司法も家族側に肩入れしており、現場が負担を被っているのが実情です。結局75歳以上は原則混合診療として、ご家族とご本人の満足と納得のためにどこまで負担できるのかを各自に決定いただくしかないかな、と思っていますがいかがでしょうか??

[ 2006/10/28 15:01 ] [ 編集 ]

空色さん、たけ先生こんにちは。

結局75歳以上は原則混合診療として、ご家族とご本人の満足と納得のためにどこまで負担できるのかを各自に決定いただくしかない・・・
→私も理屈の上では、そうならざるを得ない思います。

延命治療の可否については究極的な総論賛成、各論反対です。
→結局、各論反対になってしまいますので、この案は通らないと予想されます。その場合どうなるかは、たけ先生のブログでも検討されているようですので、ここでは検討しません。

私自身の対処方法です。
自分の親に対して、無駄な延命治療だから止めろといえるかどうか自信はないので、親の財産を私が運用し、運用益は将来要するであろう医療費のための引当金として積んであります。日本の高齢者には、幸い、膨大なストックがありますが、投資知識がほとんどありません。少なくとも親に資産がある家庭では、子供の世代がもっと投資を勉強して、医療費を捻出できるように努力すべきだと思います。
[ 2006/10/28 19:32 ] [ 編集 ]

お勧め本

専門家にお勧め、というのも何なのですが、統計学が苦手な私が読んで、うーん、とうなってしまった本です。
禁煙を勧めないほうが国民医療費が安くあがる、とか、男性の平均寿命の伸びが女性のそれより低いと国民経済に影響を与える、とかいろいろ興味深いテーマがでております。終末期医療についても経済の見地からの分析があります。
改革のための医療経済学 兪 炳匡
出版社: メディカ出版 (2006/07)
ASIN: 4840417598
[ 2006/10/28 20:04 ] [ 編集 ]

追加

前述の本はたぶん、「医療コストは誰が負担するべきか」でYosyan先生がコメントされた内容が書かれている本です。現場の医者の間ではちょっと話題になっています。
[ 2006/10/28 20:14 ] [ 編集 ]

安楽死を法制化すべきである、是か非か。

安楽死を法制化すべきである、是か非か。
肯定側例

本人の死ぬ権利を尊重できる
耐える必要の見出せない苦痛の除去
肉体的苦痛からの解放
不必要な殺人の防止
患者の意志の尊重
患者側の経済負担の軽減
家族による殺人の防止
自己決定権の尊重
肉体的・精神的苦痛からの解放
自己決定権の尊重2
医療への一石
精神的苦痛の除去
自己決定権の確立

否定側例

医者の判断による殺人
不本意な死の選択
精神的苦痛の増大
患者の権利の侵害
精神的苦痛の増加
末期患者への無言の圧力
医療に期待できない
不必要な安楽死の発生
安楽死法の拡大解釈
医療倫理の崩壊
自己決定権の押し付け
誤診による殺人
[ 2006/10/29 00:15 ] [ 編集 ]

積極的安楽死参考文献
無料「がんと向き合う後悔なき選択」
安楽死—生と死をみつめる  NHK人体プロジェクト編 

安楽死の論理と倫理UP選書 195 宮川俊行著

操られる死—"安楽死"がもたらすもの ロバート・ヘンディン著 時事通信社

人は痛みからどう解放されるか 保坂正康著 ベネッセコーポレーション

安楽死が分かる本 戸梶雄一著 東洋出版

安楽死のできる国新潮新書 三井美奈著 新潮新書

引用

http://www.rt.sakura.ne.jp/~kanto/text/debate/anrakusi/
[ 2006/10/29 01:00 ] [ 編集 ]

延命措置に賛成ですか?

教えて!goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=424209&rev=1

安楽死・尊厳死について
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=172448

[ 2006/10/29 01:47 ] [ 編集 ]

コメントありがとうございます。

返事が長文となりましたので、新しく記事を書きました。
そちらを御覧いただければ幸いです。

http://startfroma.blog57.fc2.com/blog-entry-51.html

>PALCOMさん(新しい記事で直接説明していない部分)
どうやら表現の問題だったようです。私も基本的にPALCOMさんと同意見です。
私もこれ以上の医療費増大は難しいと思っています。
「無駄」な延命治療を自由診療化する口実として尊厳死を持ち出すのは議論として違うのかなと思った次第で(私の読み方が悪かったのかも知れません)、延命治療の一部を自由診療化せざるを得ないことはそのとおりと思います。
ただ、議論の順序としては、まず人件費にかかる診療報酬の値上げ幅を決め、値上げ分の相殺のために自由診療化する延命治療の範囲を考えるのが筋だと思います。
まあ、実際に議論するとしたら、分科会方式のような形で同時並行的にやることになると思いますけど・・
[ 2006/10/29 02:20 ] [ 編集 ]

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